電気自動車によって変わる世界


慶應義塾大学とベネッセ、中古車販売のガリバーなどが共同出資して電気自動車のベンチャー企業を設立することが発表された
慶應大学の清水浩教授は日本の電気自動車研究の第一人者として、かなり以前より電気自動車の研究に取り組んでいる。
電気自動車時代の到来によって大きく変化することの一つは、この事例のようなベンチャー企業の台頭である。産業自体が黎明期にあるということはもちろんだが、電気自動車は既存の内燃機関自動車産業と比較すると、モジュール化が進み参入障壁が低くなるといわれていることも、これらベンチャー企業台頭の大きな背景だ。
電気自動車ベンチャーといえば、アメリカのテスラ(Tesla)が有名だが、テスラの他にも急速にベンチャー企業立ち上がってきているアメリカの自動車産業が環境対応へ大きく舵を切ろうとする中で、これらの企業は大手自動車会社による買収をエグジットのチャンスとして狙っていることだろう。
自動車産業の電気自動車化は、コンピュータ産業がメインフレーム、あるいはワークステーションからPCに移行したことにも例えることができる。PCの台頭で、産業構造自体がモジュール化、オープンプラットホーム化した結果、多くのベンチャーがその参入障壁の低さを頼りに新たなプレイヤーとして現れたように、電気自動車産業においても多くのベンチャープレイヤーの登場が期待される。

一人一人の働き方が社会を変える

働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法 (ちくま新書)

働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法 (ちくま新書)

日本のイノベーションのあり方を考えるときに、ワークスタイルの変革が必要だと常々考えています。
そんな中で読んだのがこの本。この課題に一つの示唆をくれる良書です。
著者は社会起業家として有名な方だったので、最初はてっきり自身の事業に関連する客観的な提言がなされているものとばかり思っていました。ところが、実際は、自分自身の働き方を変えた結果それが周囲にどのように波及していったかをドキュメンタリー的に綴ったものだったのです。
サブタイトルの「あなたが今日から日本を変える方法」がこの本のテーマを表現しています。中でも「あなたが」というところがポイント。著者自身の経験をもとに、一人一人の働き方を変えることの意義やインパクトについて書かれたものです。
著者の主張は、1)長時間労働をやめ効率化しよう、そして、2)自分自身だけのための仕事から、自分を含めた社会のための仕事という認識を持とう、さらに、3)仕事とプライベートを分離するのではなく、他者に価値を与えること全てを働くと定義しよう、という骨子に集約されます。
特に、2)や3)が重要なのではないかと感じています。著者はこう書きます。

会社という場所で働きつつ、自分を含めた社会のために働くんだ。そのために職場での『働く』もあれば、家庭での『働く』もあり、地域での『働く』もあるんだ。それぞれ楽しいんだ。それぞれ自己実現できるんだ。そういう風に『働く』スタイルを変えて行く。そう、『働き方革命』だよ。

さて、どうしてこれがイノベーションを考える上で重要なのでしょうか。日本人はイノベーションを支える基礎能力には問題ないのにそのポテンシャルを活かしきれていないという印象があります。その一つの要因は、ポジティブさが足りないこと、そして関連するのですが多様な選択肢や価値観に触れる機会が少ないことです。
これは多くの人々がずっと会社という枠組みで行動し、考えてきたからではないでしょうか。会社の仕組みの中で人生が生み出す付加価値が集約されすぎた結果、経済成長の低迷もあり、会社ワークはどんどんしんどくなり、その反動として付加価値が関与しない「プライベート」という反会社時間が産まれています。残念ながらこれでは、付加価値の創造は限られた会社ワークに閉じ込められてしまい、創造を展開する有効なインプットも得られないまま、つらい思いを半ば我慢しながら働き続けなければなりません。
著者の提言は、この付加価値を生み出す現場を会社以外にも広げよう。そして、それらを広く「働く」と捉えよう。その結果、これら会社の外での「働く」がまた違った自己実現をもたらすよとするものです。豊かな自己実現は前向きな気持ちにもつながりますし、会社以外での「働く」が多様なインプットをもたらし、またそれらが会社ワークにもよい影響を与えて行くのではないでしょうか。ワークライフバランスを越えて、ワークとライフの融合に次の日本社会の姿があるような気がしてなりません。

絶対尺度を握られているということ


朝日新聞によるとカーナビなどの位置情報を提供する(と書くと正確ではないのですが・・・)人工衛星GPSの測位制度が来年以降低下することが懸念されているようです。
GPSとはGlobal Positioning Systemのことで、米軍が軍事目的に打ち上げた30の人工衛星によって地球上のどこにいても位置情報を割り出すことができるシステムのことです。カーナビや航空機、船舶などの民間用途にも幅広く利用されています。
精度低下の理由は、既存衛星の寿命による機能停止の一方で新規衛星の打ち上げが延期されることによるものだそうです。
GPSは位置情報だけではなく、衛星が原子時計を搭載していることによって正確な時刻を知る用途にも幅広く利用されています。GPSはいわば、位置と時刻という絶対情報を世界に提供している訳です。世界がグローバル化し、リアルタイムにシンクロすればするほどこの絶対情報の重要性は増しています。時間と空間の絶対尺度が存在することで、時空にまたがる安定した情報のハンドリングが可能になっているのです。
デジカメで撮影する写真をとってみても、最近では、撮影時刻の他、位置情報を付加するものが出てきています。iPhoneにもGPS機能があり、写真を初めとした様々なアプリケーションで位置情報が活用されています。最近では、twitterのつぶやきに位置情報をつけるという動きもあるようです。
米軍およびアメリカ政府は世界がより便利になるようにという善意からか、こうしたGPSの情報をオープンにしています。我々はこの善意(?)にフリーライドしている訳です。しかし、こうした絶対情報への依存度が高まれば高まるほど、いざその使い勝手が悪くなったときのインパクトは大きいのではないかと思います。ヨーロッパ諸国はこの懸念もあり独自の衛星を打ち上げる計画を持っていますが、まだ実現には至っていません。
グローバル化する世界の中で、正確な時刻や正確な位置などの絶対情報の重要度は増しています。絶対情報のインフラを特定の国家が専有している状態は見えない覇権につながっているのではないかとすら感じられます。

伊勢丹メンズ館の機会損失


伊勢丹伊勢丹メンズ館のオンラインショップをオープンさせるということが、ニュースリリースされ(8/18)、各メディアがそれを伝えています
ところが、実際のサイトオープンは9月4日で最初のリリースから2週間も先なのです。これは大変な機会損出なのではないかと感じています。
ニュースに触れてから実際の行動(来店)までタイムラグがある実店舗ならまだしも、オンラインショップであれば、ニュースを見て興味をもった人々は必ずその場で検索するのではないかと思います。しかし、検索しても行き着く先は予告ページだけ。しかも、丁寧にも新しくオープンするサイトの画面キャプチャまでついています。ここまでできているのならリリースと共にオープンすればいいのに・・・と思わなくもありません。
ニュースを見て、予告サイトに行き着いたユーザーはちょっとがっかりしてしまうのではないでしょうか。もともと高いロイヤリティを持つユーザーはオープンとともに再び訪れるでしょうが、オンラインショップが狙うべき地方在住者などのポテンシャル顧客層の中にはニュースをみて興味を持ったユーザーも多いはず。一度がっかり経験をしてしまったユーザーが再びサイトを訪れてもらうには、別の必然性を改めてつくる必要があります。
この情報過多時代において、注目の最大瞬間風速を逃すことの代償は大きいのではないかと思います。

正常進化を捨て、枝分かれ進化を探る


techcrunchを初め、kakaku.com掲示板などで、キヤノンの新型デジカメがピクセル競争から退いたことがちょっとした話題になっています。話題の矛先に上がっているのは、キヤノンのパワーショッットブランドのフラッグシップ機G11です。先代のG10が最大14.7メガピクセルだったのに対し、このG11は最大10メガピクセルに留まっています。
これまでデジカメはモデルチェンジの度にピクセル数を増やししながら、ある意味「正常進化」を遂げてきました。パワーショットのフラッグシップ機種となればなおさらこのルールに縛られていたことでしょう。そういった観点では、今回のスペックは「ダウングレード」とも捉えられかねません。事実、kakaku.comの投稿をみるとそのような発言も見受けられます。
一方、メーカーでは、ユーザーがメガピクセル進化を求めていることかどうかをふと考え直すきっかけがあったのかも知れません。センサーとの兼ね合いや、デジタル一眼レフとの棲み分けなどその他の要因ももちろんあるとは思いますが。デジカメのメガピクセル競争は自動車の排気量にも似ています。フラッグシップ機においても排気量の大きさはもはやユーザーが求めることではなくなってしまったのです。
これまで正常進化が売りだった製品が正常進化を売りにしなくなった時、他の付加価値の模索が求められるでしょう。正常進化が市場において通用しないのであれば、枝分かれ進化の方向性を定める必要があります。パワーショットGシリーズにとっての枝分かれ進化はどのような方向性でしょうか。明確な枝分かれ進化の方向性が提示されぬまま、正常進化を降りてしまってはいないかちょっと心配になってしまいます。

日本型イノベーションの姿

日本型イノベーションのすすめ

日本型イノベーションのすすめ

妹尾氏の著作に先行して、昨年明治大学の小笠原氏による日本型イノベーションに関する著作が出ています。人文科学のバックグランドを持ちながら、ビジネススクールを経て、ビジネスコンサルティングファームや、米国大手企業の本国オフィスなどでの勤務の経験を持つ著者ならではの視点で日本型イノベーションのあり方を模索した良著です。
著者のスタンスは米国での経験を踏まえてのものなのか、グローバル経済に迎合するのではなく、日本の事情に合わせた日本独自のイノベーション経営のあり方があるのではないかというものです。
このスタンスを起点にしながら、欧米の思考方法と日本の思考方法を比較し、日本型イノベーションのあり方を探ります。
簡単のその主張を紹介すると、欧米型プロセスは、主観性を排除し、一般性を重視、事象を一般的に説明すること、またコントロールすることを是とします。一方、日本型思考プロセスは、欧米がモノ的であるとすると、コト的であるとし、主観が対象を経験することを重視します。すなわち、欧米が一般性やその背景にある仕組みを重視するのに対して、日本は、一回性や経験そのもの、結果というよりもそのプロセスそのものを重視すると捉えています。
故に、日本型イノベーションは、欧米型のように再現性追求型の制度設計的なものを目指すのではなく、非意図的な結果も許容するようなプロセス重視型であるべきだという主張です。著者の言葉を引用すると「再現性を問わない終わることのないプロセス遂行を通じた、非本来的偶発を起こす柔らかいシステム(日々の目標に従属しないプロセスの遂行)」ということになります。この認識は、先日紹介した日本における電子マネーの普及プロセスにも通じるとろがあるのではないでしょうか。著者はその上で、日本型イノベーションとは、「結果としての非意図的な非連続性を許容するイノベーションである 」としています。
これらを平易に読み解いていくと、日本型イノベーションのチャンスは、人間の主観的経験を重視し、不確実な変化に柔軟に対応していくところにチャンスがあるということでしょうか。このスタンスは先日紹介した人間中心イノベーションの発想にも近いところがあります。堀井氏が直感的に人間中心イノベーションの方法論が日本的志向プロセスに合うのではないかと指摘するのも、小笠原氏の主張の根底に流れる認識と共通するものがあるのではないかと思います。